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神戸地方裁判所 昭和31年(ヨ)553号 判決 1957年3月14日

債権者 広田定一

債務者 唐戸正男 外二名

主文

I  別紙目録表示の土地を保管人の保管に付することとし、右保管人として当裁判所昭和三一年(ヨ)第五六八号事件の仮処分決定に基き右土地を保管中の執行吏を選任する。

II  保管人は、債権者から申出があれば、債権者が左記各事項を遵守することを条件として、右土地に立ち入り、同地上に住宅一棟、並びに、塀その他の附属物件を築造し、同地を使用することを許さなければならない。

一  右土地に建築する住宅は、木造平家又は二階建とし、塀その他の附属建造物の構造及び規模は、保管人が適当と認めて許可したものに限ること。

二  右土地及びその地上物件の占有を他に移転し、又は占有名義を変更しないこと。

III  債務者等は、債権者が保管人の許可を得て右土地に立ち入り、前項記載の建築を行い、同地を使用することを妨げてはならない。

IV  債務者等は、右土地の東側の道路上に設けられた高さ一間、長さ一三間半の板塀を撤却しなければならない。

V 本仮処分は、債権者において債務者各自のため金八〇、〇〇〇円づつの保証を立てることを条件として執行することができる。

VI  申請費用は、債務者等の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

債権者代理人は、

「I 当裁判所昭和三一年(ヨ)第五六八号事件の仮処分決定に基き別紙目録表示の土地を保管中の執行吏は、債権者から申出があれば、債権者を右土地に立ち入らせ、同地上に木造瓦葺二階建家屋を建築させることができる。

II 債務者等は、債権者の右土地使用を妨害し、又は債権者の右建築に妨害となる一切の行為をしてはならない。

III  執行吏は、前二項の事実を適当な方法で公示しなければならない。

IV 債務者等は、右土地の東側の道路上に設けられた高さ一間、長さ一三間半の板塀を、本判決の送達を受けてから三日以内に撤去しなければならない。執行吏は、債務者等がこの期間内に右板塀を撤去しないときには、債権者の申出により債務者等の費用をもつてこれを撤去することができる。」

との判決を求める旨申し立て、

債務者等代理人は、申請棄却の判決を求めた。

二  債権者の主張

別紙目録表示にかかる本件係争土地三四坪六合は、現在債務者三名の共有に属しているが、債権者は、昭和二七年三月二八日同地上の木造瓦葺平家建居宅一棟を前主藤本嘉祐より買い受け、同年四月四日これを原因とする所有権取得登記を経由し、同時に右土地の西側に接続する敷地約一〇坪をも併せ取得し、債務者等の先代唐戸治市より本件土地を建物所有の目的で期間の定なく賃借したのであるが、債権者は、昭和二九年二月頃右家屋の二階増築につき地主の承諾を得た上、同三一年七月頃着手し、殆ど完成の域に達した同年一〇月三日に至り、同家屋は、火災により周壁を残して焼失した。

よつて、債権者は、約一箇月間の出火原因捜査後直ちに同年一一月初頃焼跡の整理に着手し、再建の都合上焼け残りの周壁をも取り除き、同月中頃建築基礎の土台コンクリートを仕替えてその大半を完成した矢先、突然債務者等は、理不尽にも債権者に対し工事差止を申し入れると共に、本件宅地の買取方を強要して来た。しかも、債権者が円満解決を求めて交渉中、債務者等は、益々暴力をもつて工事進行を妨害したのみならず、同年一二月に至るや、本件土地の東側道路上に高さ一間、長さ一三間半の板塀を囲らして、債権者及びその工事人夫等が本件土地内に一歩も出入できないようにし、右土地を実力をもつて奪還しようとした。よつて、債権者は、やむなく当裁判所に仮処分を申請し、同年(ヨ)第五六八号事件の同年一二月二二日附にかかる、「本件土地を執行吏の保管に附し債務者等が同地に立ち入り、工作物や竹木を設置することを禁ずる。」との趣旨の仮処分決定を得て、現在本件土地は、執行吏の保管するところとなつている。

しかしながら、債権者は、右家屋が焼失した現在でもなお本件土地につき賃借権を保有するというべきであるから、その目的の範囲内であらたな家屋を建築する権利は、賃貸人たる債務者等においてこれを侵害することが許されないのは当然である。また、本件土地の西側、すなわち東側通路の反対側には、前述のように債権者所有の空地約一〇坪が存在しており、同地は、債務者等所有の本件土地により右通路から遮断されて袋地になつているのであるから、債権者は、本件土地につき法律上隣地通行権を有するものというべきであつて、債務者等が故なくこれを阻止することは許されないのである。

債権者は、元町通北側に「ヒロタ」菓子喫茶店を経営し、その北裏に接続して製菓工場を設置しており、本件宅地は、更にその北側に位置しているのであるが、同地上に存在していた焼失前の家屋には、債権者夫婦、二男、二女、三女、四女、五女及び女中の合計八人が居住していたところ、現在は右店舗北裏の工場二階に仮設された八帖及び三帖の二間に家族七人が雑居し、他の従業員等と共に戦時中のような生活を余儀なくされ、再建工事の完成を一日千秋の思いで待つているのである。よつて、前述のような債務者等の急迫な強暴を防ぎ、債権者の現在の著しい損害を避けるため、申請の趣旨掲記のとおりの仮処分命令を求める次第である。

なお、債務者唐戸節子の申請により、右板塀の占有保持訴訟を本案としてその主張のような内容仮処分決定がなされたことは、これを認めるが、本件において債権者が求めている仮処分は、さきになされた右仮処分命令と牴触するものではない。

三  債務者等の主張

本件係争土地が債務者等の共有に属すること、債権者がその主張の日に同地上の木造瓦葺平家建居宅一棟、並びに、本件土地の西側に接続する敷地約一〇坪を取得したこと、その頃債権者と債務者等の先代との間に、本件土地について建物所有を目的とする期間の定のない賃貸契約の成立をみたこと、債権者が地主である債務者等の承諾を得た上右家屋の二階増築に着手し、完成寸前の昭和三一年一〇月三日に至り、同家屋が火災により焼失したことは、いずれもこれを認める。但し、右家屋は、全焼したのであつて、債権者が主張するようにその際周壁が焼け残つたのではない。したがつて、債権者の本件土地の賃借権は、右地上建物の滅失により消滅に帰したものというべきである。

次に、債権者がその主張の頃右焼跡の整理と家屋の再建工事に着手し、その主張どおりの進捗状況に至つた際、債務者等が債権者に右工事の差止と本件土地の買取を申し入れたことは、これを認めるが、右申入の際債務者等が強要したという債権者の主張事実はこれを否認する。また、債務者等が債権者主張の頃その主張の位置に高さ一間、長さ一三間半の板塀を囲らしたこと、その結果債権者や工事人夫等が本件土地に出入できなくなつたこと、債権者の申請にかかる当裁判所昭和三一年(ヨ)第五六八号事件の仮処分により、本件土地が現在執行吏の保管下にあることは、これを認める。なお、本件土地の西側にある前記債権者所有土地約一〇坪が袋地になつているという債権者主張事実も、これを認める。

次に、債権者の主張する仮処分の必要性について、本件土地上の焼失家屋に従来債権者とその家族が居住していたことは、これを認めるが、その家族構成や債権者一家の現在の住宅事情の点は、知らない。

ところで、債務者唐戸節子は、さきに前記板塀にかかる占有保持訴訟を本案と仮処分を神戸簡易裁判所に申請し、同庁において昭和三一年(ト)第二三九号事件として審理された結果、同年一二月二六日、「債務者(本件債権者)は、右板塀を毀損するなど、債権者(本件債務者唐戸節子)の占有を侵害する行為をしてはならない。」という趣旨の仮処分決定がなされたものであつて、本件において債権者が求めている仮処分は、右神戸簡易裁判所の仮処分決定と牴触するものであるから、その申請は、許さるべきでない。

四  疎明関係

債権者代理人は、甲第一号証の一乃至三、第二号証、第三号証の一乃至八、第四、五号証、第六及び第七号証の各一、二、並びに、検甲第一号証の一、二を提出し、「右検甲第一号証の一は、本件宅地の東側道路を北側より撮影した写真であり、同号証の二は、右個所を南側から撮影した写真である。」と述べ、なお、証人菱本実及び同岡山菊太郎の各証言を援用した。

債務者代理人は、「甲第一号証の一乃至三の成立は、これを認める。同第二号証は、官署作成名義部分のみその成立を認めるが、その余の部分の成立は、知らない。同第三号証の一乃至八、第四及び第五号証の成立は、これを認める。同第六及び第七号証の各一、二の成立は、知らない。検甲第一号証の一、二が、それぞれ債権者主張のとおりの写真であることは、これを認める。」と述べた。

理由

一  別紙目録表示の本件係争土地三四坪六合が現在債務者三名の共有に属すること、債権者が、昭和二七年三月二八日同地上の木造瓦葺平家建居宅一棟を買い受け、その所有権を取得し、その頃債務者等の先代唐戸治市との間に建物所有を目的とする期限の定のない本件土地の賃貸借契約を締結したこと、債権者が賃貸人たる債務者等の承諾を得て右家屋の二階増築工事に着手し、殆ど完成した昭和三一年一〇月三日に至り、同家屋が火災により焼失したことは、当事者間に争がない。債務者等代理人は、右家屋の焼失の結果債権者の借地権が消滅したと主張するが、天災による地上建物の滅失は、法律上借地権の消滅事由となつていない(借地法第二条第一項但書にいわゆる「朽廃」は、滅失を含まぬ概念である。なお、建物保護ニ関スル法律第一条第二項参照。)から、右主張は理由がない。次に、債権者が右焼跡の整理と焼失家屋の再建に着手し、昭和三一年一一月中頃建築基礎の土台コンクリートを仕替えてその大半を完成した矢先、債務者が債権者に対し工事差止を申し入れ、かつ、同年一二月に至り、本件土地の東側道路上に高さ一間、長さ一三間半の板塀を囲らした結果、債権者や工事人夫等が同地内に出入できぬようになつたことも、当事者間に争がないところである。

したがつて、債務者等の右所為は、債権者の本件土地に対する占有を侵奪し、その賃借人としての権利の行使を不可能にした違法なものというべきであるから、袋地所有者の隣地通行権の主張に対する判断をまつまでもなく、債務者等は、右板塀を撤去して、債権者の本件土地に対する占有を旧に復し、債権者が本件土地の賃貸借の目的の範囲内で同地上に住宅及びその附属物件を建設し、これを使用するのを、耐忍すべき義務があるものといわなければならない。

二  しかるところ、証人菱本実の証言によれば、前記債務者等の違法行為によつて、債権者は、本件土地の使用、殊に同地上に家族七人(債権者夫婦及び五人の子女)とその使用人の居宅を建築することが不可能になつている結果、現在その経営にかかる工場の二階にある三畳及び六畳の二間に一家六名が居住し、家事使用人は別棟に寝起きしている有様で、甚だ困却していることが疎明されるのみならず、債務者等が過去において前示のような理不尽な行為をした以上、今後も同種の行為をする虞があるものと一応推認されるから、これによる債務者等の急迫な強暴を防ぎ、かつ、上述のような債権者の著しい損害を避けるため、本案判決前に適当な措置を構ずることが必要である。

そこで、債権者が債務者各自のため金八〇、〇〇〇円づつの保証を立てることを執行の条件と定め、右目的を達するのに必要な処分として本件土地が当裁判所昭和三一年(ヨ)第五六八号事件の仮処分決定に基き執行吏の保管に附せられていることが、当事者に争がないから、本仮処分においてもこの執行吏を保管人に選任した上、本件土地を同保管人の保管に附することとし、主文第二項記載のとおり一定の条件を附して暫定的に債権者に対しその借地権に応じた本件土地の使用、殊に同地上に住宅を建築することを認め、債務者がこれを妨害することを禁じ、なお、債務者に対し前記板塀の撤去を命ずることとする。債権者代理人は、債務者等が一定期間内に右板塀を撤去しなければ、執行吏においてこれを撤去すべき旨の裁判をも求めているが、板塀撤去の強制執行は、民事訴訟法第七三三条第一項にしたがい、同法第七三五条所定の債務者の必要的審尋を行つた上、代替執行の方法によつてこれをしなければならないのであるから、仮処分裁判所が予め仮処分命令自体の中で債権者代理人の求めているような処分を命ずることは、強制執行に関する法の体系をみだるものとして許されない。

ところで、債権者(本件債務者)唐戸節子、債務者(本件債権者)広田定一間の神戸簡易裁判所昭和三一年(ト)第二三九号事件において、同年一二月二六日、「債務者(本件債権者)は、前掲板塀を毀損するなど、債権者(本件債務者唐戸節子)の占有を侵害する行為をしてはならない。」という趣旨の仮処分決定がなされたことは、当事者間に争がなく、債務者等代理人は、本件において債権者が求めている仮処分がさきになされた右神戸簡易裁判所の仮処分決定と抵触するものであるから、その申請は、許されないと主張する。そして、一応形式上、本件仮処分中債務者等に右板塀の撤去を命じた部分が、前示第一次の仮処分の廃止を直接の目的としているかのように見えることは、否定することができない。しかしながら、右神戸簡易裁判所の仮処分決定が、前記板塀にかかる占有保持訴訟を本案として発せられたものであることは、当事者間に争がないから、その趣旨は、債務者(本件債権者)が自力救済の手段に訴えて右板塀に対する債権者(本件債務者唐戸節子)の占有を侵害することを禁ずるに外ならぬと解すべきところ、本件の仮処分は、右板塀の占有権を問題とするのでなく、債権者が債務者等に対し右板塀の撤去を求める本権を有するという理由に基き発せられるのであるから、何等さかの仮処分と矛盾するものでなく、その間にいわゆる仮処分の抵触の問題が生ずべき余地はない。したがつて、この点に関する債務者等代理人の主張は、理由のないものである。

以上の理由により、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸根住夫)

目録

(1)  神戸市生田区元町通三丁目六三番の二

宅地 一五坪八合三勺

(2)  同所同番の四

宅地 一八坪七合七勺

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